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祖父の銀行印

祖父は貯金の大嫌いな人だった。もっと詳しく言えば、貯金と保険、これが大嫌いだった。要は、努力は大切だけど、未来の自分に保険をかけ、過去の自分に頼るという行為そのものを嫌っているらしかった。
祖父は、大工でTHE職人であった。私が、貯金をいくらしてるか聞き、そのお金をよこせと言った。何に使うのかと尋ねると、商売に使ってやる。増やしてやっからそのかわり全額よこせと言った。口からいつもでまかせばかり出ているような人だったのでもちろんお金は渡さなかった。

貯金なんかして、若いのに何にビビッているんだ。なにがこえーんだ?といつも聞いた。
正直面倒だった。
何も怖くないけど、普通の社会人だったら貯金位する。欲しい車もあるし、イベントにはお金がかかる。最近では結婚式に行くたびに預金が減っている。

私は、祖父のように商売もしていなければ手に職だってない。
そんな、大きな気持ちで構えていられるような会社員はそうはいない。
面倒なのに、なのに、私は祖父が好きだった。
あこがれだったのかもしれない。

いつかこういう大人になりたい、そう思っていたのかもしれない。
たまに着る和服が斬新な柄でとても似合う人だった。
そんな祖父がコロリと死んだ。
何の前触れもなく、肺炎をこじらせたという単純な最期だった。
信じられなかった。

祖父が死ぬという事自体が受け入れがたいものだった。
しかし、葬式など一切が終わり、ひと段落したときに祖父が祖母の為にと残した貯蓄預金の存在が明らかになった。
近所の銀行の人たちから教わった。嫌っていた貯金は、祖母の為であった。

祖父の銀行印は若いころに作ったものらしく、作業場の棚から出てきた。
印相体でフルネームが彫られていた。濃い茶色がマーブルになっている。
その当時はハイカラだったであろうその印鑑は、祖父の祖母への愛の橋渡しとして役目を担った。
なんだかその印鑑が誇らしげに見えた。

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